ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

冒険

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「結局出来たのは、5人の子供だけ だけどまだ終わらない、これからさ...」
昔、牧葉ユミと言う歌手が歌った「冒険」と言う歌のリフレインが、頭から離れなくなったのいつからだったろう...

Mさんは高校生だった頃にこの歌を聴いて、妙にリズミカルで明るい、それでいてなんか切ないこの歌詞が大好きになった。
でも、Mさん自身は特に勉強ができた訳じゃなく、特に運動神経が良かった訳じゃなく、おまけに美人でもなかった...何もかも「並みの並みの並み」だと思っていた。
だから「冒険」なんて言葉は、実際の自分の人生とは全く縁がないと思ってた。

Mさんは普通に高校を卒業し、短大に行き、あの頃はまだ一般的だったお見合いで24歳で結婚した。
特にハンサムでもなく、特に稼ぎが良い訳でもなく、特別に問題がある性格でもなく、普通に誠実な夫との生活は、3人の子供に恵まれて「普通に幸せ」と感じる時間を過ごして来た。
もちろん長い時間の間には、夫が酒で失敗したり、ギャンブルで生活費を使い込んだり、息子が学校で問題を起こしたりなんて事はあった。
しかし、そんな問題も夫が暴力を振るう様な人間ではなかったし、息子や娘も基本的に「普通の感覚」を持っていたので、時間が解決してくれた。
ただ、夫はいい人だったが唯一晩酌をする事以外に何の趣味も持たない人で、それがつまらなかった。
Mさん自身の楽しみは、近所に住む人同士で日帰り旅行に行ったり、ボーリングをしたりだったが、夫が一緒に参加する事はなかった。
40歳も半ばの頃、近所にゴルフ練習場が出来た事で奥さん同士誘いあってゴルフを始めた。
夫と一緒に自分もゴルフをしていた奥さんが中心になって、近所で誘いあい一緒にスクールに入ることになった。
Mさんも誘われた当初は迷ったが、結局使えるお金の範囲でゴルフをする事にして参加した...興味自体は前からあったし。
50歳頃からは結構熱中して、月に2回はその仲間達とラウンドする様になっていた。
何度か夫も一緒にやらないか誘ったが、夫は球技が苦手とかでとうとうゴルフを始める事はなかった。

そして5歳年上だった夫は、60で定年を迎えて1年後に事故で亡くなった。
退職金があり、保険が下りたので生活に対する心配はなかったが、気が抜けてしまって何もする気が起きない日々が続いた。
心配した子供達の応援もあり、ずっと下を向いていた顔を上げる気になった時に聞こえて来たのがあの懐かしい歌だった。

「結局出来たのは 5人の子供だけ  でもまだ終わらない これからさ...」

...そうだね...好きだったゴルフをしよう。
こまごまとした日常から抜け出して、青空の下、緑の風の中で白いボールを打ってみたい...
Mさんは、キャディーバッグを担いで再び歩き出す事を決めた。

問題は沢山あった。
まず、免許を持ってない。
自分からゴルフをやる気になったなら、行きたいときに行けなくちゃ。
それから、一人で行ってもプレー出来る環境が必要....仲間達は夫と一緒に行く事が多くなって、なかなか一組分が集まらない。

免許を取った...時間はかかったけれど、なんとか取れた...これが一番自信になった。
ハイブリッドの車を買った。
なるべく近くの安い会員権のコースに入った...仲間の二人が入っていたし、非常に安かった。
それに身体が鈍らない様に、週に3日パートをする事にして、スポーツジムの平日会員にもなった。

別にシングルになりたいとか、競技に出たいとかは思っていない。
もちろん自分の運動神経じゃそんな事は無理だと思っているし。
でも、天気が良い時に自分で車を運転してコースに向かう...なんだかそんな事全てが冒険に挑んでいるようで、気持ちが高揚して楽しい。

スコアが良い訳じゃないだろう。
ナイスショットなんて出ないかもしれない。
でも、そのコースへ通う道すがらが楽しい。
ラウンド終わった帰り道が楽しい。

「でも まだ終わらない これからさ~」
Mさんは運転しながら、口ずさむ...