ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

ゴルフ場の夫

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T県のゴルフ場の、「シニア&レディース」オープンコンペでその夫婦と一緒になった。
50歳からの出場条件で、その夫婦は50代半ば、もう一人は50歳になったばかりの一人参加の男性。

その夫婦の夫は...うるさいゴルファーだった。
何もかものプレーに、大袈裟すぎる反応を示す。
打つ前に、不安を言い、希望を言い、先に言い訳を言い、打った瞬間に気合いを入れたり悲鳴を上げたり、打ち終わってすぐに愚痴を言い、言い訳を言い、反省し、後悔し、自分を鼓舞し、納得する。
ナイスショットには小躍りして喜び、ミスショットには世界の終わりのように打ちひしがれる。

喜怒哀楽が激しく、我々がミスショットすれば大袈裟に同情し(かえってこちらが傷つく)、ナイスショットをすればこれまた大袈裟に褒めてくれる。

決して嫌な感じではないのだが、付き合うとこちらのゴルフが普段の倍疲れるような感じ...

ただ一つ、聞いていて嫌なのが奥さんを教え、叱り、罵倒する事。
そのほとんどが、我々同伴競技者に迷惑がかかるから、という理由なのだが。

しかし、奥さんは微笑みを浮かべながら、決して反抗しようとせずに、「はい」「はい」と彼の言葉に従う。
いくら夫に怒られても、ゴルフを楽しそうにする様子は変わらない。

なんだかこの夫婦のゴルフに圧倒されてハーフが終わった時に、奥さんが「いろいろとご迷惑をかけて申し訳ありません」と言って来た。
「いやあ、そんな事ありません」と答えながら、つい「たまにはご主人に腹が立ちませんか? あんなに言われて」なんて言ってしまった。
「ああ、そんなこと全然ありませんよ。」
「私、気にしてませんし、嬉しいくらいですから。」

その後、プレー終了後のパーティーの待ち時間まで彼女と話す機会は無かったが、午後のハーフのプレーも同じように進んだ。
夫は、一打一打に喜怒哀楽を露にして、疲れ知らずのようにテンションは下がらない。
奥さんもそれなりのプレーを楽しんでいる様子が見える。

...パーティーの待ち時間が1時間程あったために、その奥さんの話を聞く事が出来た。

「私がゴルフを始める前には、離婚を考えていたんですよ」
「うちの人は、家では殆ど喋らなかったんです」
「一日に話すのは「お茶」とか「飯」とか「おい」とかくらいで、夫婦の会話は殆どありませんでした」
「仕事が忙しいのは分けるけど、家では疲れて寝るだけで、殆ど感情を表す事もなくて...」
「こんな感情の乏しい人と、これからずっと一緒にはやって行けない、と覚悟しました」
「離婚を切り出した時に、彼がゴルフを一緒にやらないか、と言って来たんです」

近所の練習場で、夫に教わりながらゴルフを始めた。
すると、ゴルフの事になると信じられないくらい饒舌になる夫に、本当に驚いたそうだ。
「ゴルフを教えてくれたときの言葉数だけで、それまでの結婚生活中の言葉の数より多かったんですよ。」
「始めて一緒にゴルフ場に行った時、こんなにうちの人って感情が一杯あったんだ...って本当に驚きました。」
「ゴルフ場であんなにいろいろな表情をして、怒ったり笑ったり、泣き言を言ったり、愚痴を言ったり...」
「うちでは口数が少ない代わりに、泣き言も愚痴も言いませんでしたから、まるで知らない人を見るようでした。」

「おかげで、離婚するつもりはなくなりました。」
「彼と生きるのが面白くなったんですよ」
「彼も、ほっとしているみたいです」
「私を怒るのも、私が皆さんに迷惑をかけているからですから、私が悪いんですし」

あの男が家では感情を殆ど表さず、殆ど話さず、奥さんと会話の無い生活をしていた、なんて...
「奥さんがゴルフを始めたあと、旦那さんは家で話をする事が多くなったんですか?」
「いいえ、あの人がああなるのはゴルフ場にいるときだけです」

「旦那さん、お仕事は何を?」

「あの、...警察官です」