ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み(イラストレーター渡辺隆司のブログ)

なるようにしかならないけど、それが人生...せめて酒に唄って行きますか

白旗はあげません

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もう15年くらい前になる。
その男は「私、もうすぐ50歳になるんですよ」と、言って来た。

S県のS新聞社杯の予選。
偶々自分は朝一のティーショットがうまく行き、1番ロングをツーオン出来てバーディーと幸先良いスタートを切れた。
そのまま、何となく流れが良い方に傾いて、アウトを1オーバーでまとめることが出来た。

同伴競技者3人のうち、二人はまだ30代の陽に真っ黒に焼けたバリバリのアスリート風。
残りの一人は、小柄で細身のいかにも真面目なサラリーマン風の、でも日にはしっかり焼けている中年の男だった。

その中年の男が、昼食の時に語りかけて来た。
「競技に挑戦して5年くらいなんですが、まだ一度も予選通ったことがないんです」
「出来る限りのこと、やっているつもりなんですけど...」

いかにもゴルフ慣れしている若い二人と比べて、彼のスタイルは何となく似合っていなかった。
クラブも古いものだったし、どちらかと言うと「初心者向き」なんてタイプで、高いものではなかった。
「私、こういうスクラッチの試合の予選を通るのが夢なんですよ」
「30で始めたゴルフなんですけど、ゴルフが好きになっちゃって...」
「なんかの試合でちゃんと予選を通るまで、ほかのことは後回しにする、と決めたもんで」
「...でも、まだ一度も予選通っていないんですよ」

収入のほとんどをゴルフにつぎ込んでいるために、結婚もまだしていないと。
こういう試合の出場資格を得るためのハンデが必要なので、安い河川敷のコースの会員権を買って、シングルにはなれた...でもそのおかげで貯金もない、と。

何ともスマートではないけれど、変則スイングではあるけれど、彼のゴルフは大した破綻をすることもなくフェアウェイキープ、パーオン、ボギーオンを繰り返し、パット次第でパーかボギーとなっていく。
しかし、アプローチのミスで、ショートパットのミスで、一つ二つとオーバーが増えて行く。
飛ばない分、バーディーチャンスにつくことはあまりなく、常に拾いまくる厳しいゴルフとなっているのが判る。
そうしてハーフが終わると、やはりスコアは40前後に収まってしまう。
...80ではこういう試合は通らない。

「私は、出来る限りのことをしてるんですけれどねえ...」
試合中なので、もちろん技術的な話などしなかったけれど、彼の溜め息が心に残った。

後半崩れかかった自分は、最終ホールのバーディーで予選を通ることが出来た。
しかし、彼は81。
カットは78だった。

予選が終わった後、彼が「コーヒーでも一杯」というのに付き合った。
「今年はこの後、新聞社系の試合に二つ出るつもりです。」
「なんだかゴルフの目的が、人生の目的になっちゃったみたいで。」
「ええ、予選通るまで絶対にやめませんよ。」
「私、人生だって予選だって、絶対に白旗あげませんよ」
「予選通ったら、嫁さん見つけたいし」
「あなたのゴルフが羨ましかったので、つい声をかけました。」

あれから15年くらい...その後すぐに競技ゴルフをやらなくなった自分は、その後彼に会うことはなかった。

しかし、今でも時々彼を思い出す。
「あなたのゴルフが羨ましかったんで...」

...彼はもう予選を通って、嫁さん見つけて、違うゴルフを楽しんでいるだろうか。

それとも...